【終戦企画】戦死した父を追いかけて 遺児が語る戦争への思い
2026/8/13 10:512026年4月。福島市で行われたのは、戦争の体験を語り継ぐための研修会。
この日、訪れた人の中には、初めて語り部に参加する人もいます。
郡山市の横田広幸さん、81歳。81年前、太平洋戦争で父親を亡くしました。
【横田さん】
「息子でありながらあまりにも親父のことなにも分からないんだ。どんな雰囲気だったかも何も分からない」
終戦の3か月前、21歳の若さで戦死した父・廣二さん。出征したのは、横田さんが生まれる約10か月前のことでした。
【横田さん】
「これが一番若いときの写真。18歳のとき。これが21歳ですから兵隊になってから。これは行ってまもなくの写真ですね」
「若い時は、本当にそっくりだなと自分の写真と親父の写真とあわせてね、よく似てんなと思ってね」
身重の母を残し、若くして、戦地で散った父。父の戦死により未亡人となった母は父の弟と再婚しました。
母や親戚からは実の父について話を聞くことはほとんどなかったといいます。
会うことがかなわなかった父を知ろうと、横田さんは警察官を定年退職した後、父の足跡をたどりました。
父がいつ、どこで、どのようにして亡くなったのか市役所を訪れたり、県や防衛省に問い合わせたりしました。
【横田さん】
「亡くなった場所っていうのが、フィリピンのルソン島リザール州モンテルベン北方4000メートル地点ということになっているんですね」
横田さんは2年ほどかけて、父の情報を集めました。集めた情報から父が所属していた部隊の動きを追い、2013年には、父が戦死したフィリピンの地を訪ねました。
【横田さん】
「親父を身近に感じたっていうかこれでよかったなって気持ちでほっとした」
父が最後を迎えた場所で供養をするという夢がかなった横田さん。この場所で亡くなったことは、戦時中、父と同じ部隊にいた人のメモから分かりました。横田さんは、そうした父の足跡をまとめた冊子を作りました。
語り部として、自分の経験をどのように話すか。研修会の前に、何度も原稿を書き直しました。
【横田さん】
「語り部でも最終的な親父の供養のゴールだなと思って、引き受けることにしたんです」
「自分の経験したことを話したい。今の子どもたちには想像がつかないんじゃないかと思うんですね」
再び開かれた、県遺族会の研修会。この日は横田さんも前に出て、戦争への思いを語りました。
【横田さん】
「どういうわけか父のことについて親戚・家族がほとんど話してくれなかったです」
「私一人の子どもとして、なんていうか不安になったんですよね。どんな父親だったんだろう、と。ということで父親についてのさまざまなことを調べ始めました」
初めて人前で自分の経験を語りましたが、20分という時間では、語り切ることはできませんでした。
【横田さん】
「思っていたものの3分の1くらいだった」
「遺児でなければこういうこと経験しなかっただろうということがいっぱいある」
横田さんが所属する県遺族会は、7月から県内の学校で戦争の経験や歴史などを伝える語り部の活動を始めています。
横田さんがいつ、学校で語り部をするかはまだ決まっていませんが、戦争遺児として後世に伝えたい思いがあります。
【横田さん】
「80年たったから平和がそのまま続くというような安易な問題ではなくて、かえってだんだん戦争の悲惨さやいろいろなことが薄れて戦争になってしまうんじゃないか。語り部はこれから多く機会を設ける必要があるんじゃないかなという気がしますね」
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