【終戦企画】戦地からの手紙 孫世代が語り継ぐ平和への思い
2026/8/12 14:38「戦地ビルマからの便りはこれが最後で、またしばらくはご無沙汰します。戦地からはあまり便りはできません」
「何だか熱があるのか、手が震えて字が思うように書けません」
戦地から家族に宛てて送られた手紙。書いたのは、畠中力さんです。
【畠中正一さん】
「子どもらには努めて明るく振る舞おうとして、絵を描いてくれたり」
「自分の父に宛てた手紙には『このビルマでの出せる手紙は最後になる』というような表現が書かれていて、それを見たときはやっぱり切ないですよね」
手紙を見せてくれたのは、力さんの孫にあたる畠中正一さん。正一さんの祖母・貞恵さんが、形見として大切に保管していたものです。
【畠中正一さん】
「こんなのもボロボロになってるんですけど…出征したときに代表で答辞なんですよね。読み上げた、祖父が」
「必ズヤ昭和國民タルノ責務ヲ全ウスルコトヲ得ン」
【畠中正一さん】
「擦り切れるぐらい祖母が見ていた。これだけが頼りなんだろうな」
亡くなった祖母から受け継いだ、祖父の形見。手紙に記された言葉や、幼い頃に祖母や父が語っていた家族の苦労が心に浮かびます。
【畠中正一さん】
「当初、自分は手紙の存在を知っているときにはそんなに深く考えていなかったですけど、取材なり今回の平和の語り部をするにあたって読み返すと、そういうところが逆に見えてきたっていう感じですね」
【平和の語り部をする正一さん】
「直接戦争体験したわけではないんですけど、父親と祖母がお盆であったりお正月であったり、帰ってくるときにいろいろ聞かされた話なども踏まえながら、これから20分ですけどお話しさせていただければ」
県遺族会が今年度始めた「平和の語り部」活動。戦争の記憶を後世に伝える取り組みです。
戦争を体験していない「孫世代」として、正一さんも参加しています。
【畠中正一さん】
「語り継がなきゃならない責務はあるんだろうけども…語り部を増やすのは難しいかもしれないけど、引き継がれるのは孫の世代」
自分たちが話さなければ、薄れゆく戦争の記憶をつないでいくことはできない。
【畠中正一さん】
「私の祖父は…ビルマのラングーンの…兵站病院、第106兵站病院で赤痢で亡くなったというふうに聞いています」
震災の語り部も3年前から続けています。大切な人を失う悲しみに変わりはありません。
【畠中正一さん】
「その思いとか、悲しさとか、大変さとか、亡くなった方がたが周りにいて、そこからどのように乗り越えるんだとかっていうのは誰しもが経験するんだと思うんですけど、突発的な事故なり、戦争なりで身内を亡くした気持ちってみんな一緒だろうなっていう。そこをどういうふうに解決するかとか、人それぞれなのかもしれないですけど、持っている悲しみって一緒だから」
「若くして戦争で亡くなったから、当然ですが無念というか、帰ってきたいと当然思っていますから大変ですね」
「当然、記憶は薄れてなくなっていきますからね。語らない人が増えてくるのは当然だし、まさに風化ですよね。時代とともにそれはそれである意味やむを得ないというか、当然だというかね、しょうがないというか」
「でも、かすかに記憶の中に残るというところを語り継いでいく必要もあるってことだと思うんですよね」
手紙でつながれてきた、戦争の記憶と祖父の面影。
次は自分が、これからも。
【貞恵さんからの手紙】
「父様其の後元気ですか」
「帰る時は子供達皆連れて向えに行きますよ」
「子供達はお土産楽しみに待っております」
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