戦没者遺族が語るシベリア抑留と平和の願い――大熊町の学校で講演会
2026/7/14 17:18太平洋戦争で命を落とした戦没者の遺族が「平和の語り部」として講演活動を始めました。
【澤原善男さん】
「父ちゃんに手を引いてもらったという思い出も無いし、おんぶしてもらった思い出もない。飴玉をもらった思い出もない」
14日、大熊町の義務教育学校「学び舎ゆめの森」で行われたのは、「平和の語り部」の講演会。
子どもたちに自らの戦争体験を語るのは、大熊町出身の語り部、澤原善男さん(84)です。
父親をシベリア抑留で亡くしました。
【澤原善男さん】
「夏はシベリアは30度ぐらい暑くなる。冬はマイナス40度。大変な温度差。70度もの自然の過酷な中でろくなものも食べさせられないで重労働(をさせられた)」
「平和の語り部」は、戦争の悲惨さを後世に伝えようと、太平洋戦争に出征した県内の戦没者の遺族でつくる「福島県遺族会」が立ち上げました。
終戦からまもなく81年。
当時を知る人が少なくなったことから、県遺族会では遺族が語り部となり、今年度から県内の学校で講話活動を始めることになりました。
澤原さんの父親、善次郎さんは、農家の一人息子でしたが、太平洋戦争に出征し満州で終戦を迎えた後、ソ連軍の捕虜となり、極寒のシベリアで命を落としました。
父親の出征時、1歳半だった澤原さんには、父の記憶はなく、大黒柱がいない家庭で苦しい幼少期を過ごしました。
風化が進む戦争の記憶を次世代に語り継ごうと、語り部の準備をしてきた澤原さん。
14日、平和学習に力を入れる大熊町の義務教育学校で、県内の自治体で先駆けて語り部としての講話が実現しました。
【澤原善男さん】
「大熊町でも263人の若尊い、若い方々が亡くなっております。一番獰猛な動物は人間。戦争は絶対だめだと、戦争を起こしてはだめ、戦争に巻き込まれてはだめだというのが私たち戦争遺児、戦争被害者の切なる願い」
【話を聞いた中学3年生】
「(戦争を)体験した人の話っていうのは、なかなか歴史の授業ではないわけで、そういう話はとても貴重になると思う」
県遺族会では、大熊町を皮切りに遺族による語り部活動を広げたいとしています。
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