あの日の日記アーカイブ
あの日の日記 2011年4月2日
先月から日を追って、
震災当時に書いていた日記をこちらに載せています。
拙い走り書きのようなものですが、
二度とこのようなことが起きないよう願いを込めて掲載します。
当時の状況をお伝えするのに、なるべく加筆・訂正などはせずに、そのまま載せています。
あくまで、あの日あの時、私が経験したこと、感じたことです。
ご了解いただけると幸いです。
(アナウンサー以外の個人名は、プライバシーを考慮してイニシャル表記にします)
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2011年4月2日
今日は夜勤。
夜8時出社で朝8時まで。
地震も原発も大きな動きはなく、ニュースの差しかえもなし。
これまでの情報を整理したり、
気象情報会社に連絡をしたりして過ごす。
午前3時。静かな待機の時間。
ブログを書く。
特別に何をするではないし、夜は強い。
けれど、やはり帰る頃になると疲れてるな...と思う。
朝8時帰宅。
眠る。
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あの日アップしたブログ、そのまま追記します。
2011年4月3日のブログ
朝が来て、夜が来て
また朝が来て、夜がやって来る。
そうやって無常に流れる時間に
時に刃向って、時にやり過ごして
今、震災から23回目の夜を会社で迎えています。
報道フロアでは
連日の取材や放送で疲れ切ったデスクやカメラマンが
椅子の背もたれにもたれかかり、つかの間の仮眠をとっています。
静かな夜。
本当に静かです。
あまりにも静かで、穏やかで、
ふと地震や原発事故がなかったことのようにも思えてしまうけれど、
壁際に並ぶ各局のテレビは、どこかしらが震災のニュースを伝えていて、
はたと現実に戻されます。
私は谷川俊太郎の「朝のリレー」という詩がとても好きです。
「カムチャツカの若者がきりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は朝もやの中でバスを待っている
(中略)
この地球では
いつもどこかで朝がはじまっている
ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る」
この詩を読むと、朝と夜をバトンリレーしながら
地球にいるみんなで一日一日を紡いでいっているんだなと実感します。
地球の裏側から笑顔で送ってくれた朝を
笑顔で受け取りたい、
この静かな夜を確かに地球の向う側に送り届けたいと思うのです。
今夜はどうか、もうこのまま余震が起きず、静かな夜を送れますように。
避難所で休む人たちに、
不安な気持ちで横になっている人たちに、
この報道フロアで短い夢を見る報道マンにも、
深く安らかな眠りが訪れますように。
あと数時間で、23回目の朝がやってきます。
