あの日の日記アーカイブ
あの日の日記 2011年3月31日
先日から日を追って、
震災当時に書いていた日記をこちらに載せています。
拙い走り書きのようなものですが、
二度とこのようなことが起きないよう願いを込めて掲載します。
当時の状況をお伝えするのに、なるべく加筆・訂正などはせずに、そのまま載せています。
あくまで、あの日あの時、私が経験したこと、感じたことです。
ご了解いただけると幸いです。
(アナウンサー以外の個人名は、プライバシーを考慮してイニシャル表記にします)
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2011年3月31日
午後から休み。
美容室で前髪を切ってもらう。気分すっきり。
帰りにスーパーによって、今夜のごはんの買い出し。
夜は音声のCちゃんと猪俣ちゃんを呼んでキムチ鍋。
こういう事態なので大そうなことは出来ないが、キムチ鍋、たまごのXO醤かけ、
サラダ、ノンアルコールビール、小さなデザートを用意する。
8時過ぎに来てくれ、12時に見送る。
久しぶりにゆっくりと楽しい時間。
他愛ない話をしながら食べるごはんの時間がこんなに尊いものなんだと思う。
またみんなでピクニックに行ける日がくるのだろうかと話す。
外の空気を吸いながら、作ってきたごはんを食べるという何気ないことが
本当に贅沢な幸せだったんだねと話す。
今年はやはり行けないのだろうか・・・
Cちゃんも猪俣ちゃんも今回の震災で、
子どもが欲しいと思うようになったという。
未婚の同僚とは、なぜか不思議とこの話になる。
お母さんが、放射線から子どもを守ろうとするブログを読んだりするけれど、
私たちは、まだ見ぬ子どもを守るために、自分の体を守るしかない。
水や、野菜は、本当に安全なのか...
どこまで摂取したらいいのか...
伝え手である私たちも、惑い、悩む。
