安藤桂子のアン・ドゥ・トロワ

10年

2021.03.11

今年も午後2時46分にサイレンが鳴る。

目を閉じると動悸が自分の中に響いて、なんだか息をしにくくなる。

東日本大震災以来、黙とうが怖くなった。

言葉に出来ない感情がすぐに襲ってきて、あふれ出す。

10年という時間は、長かったのだろうか。短かったのだろうか。

先日、大熊町出身の10代の男の子と話したときに

「当時自分が住んでいた住所が分からない」と言われた。

その場所に住んでいた時間よりも、避難先で過ごした時間の方が長いからだ。

そして帰還困難区域への一時立ち入りは、

放射線の影響を考慮し

15歳未満と妊婦は控えることになっている。

若い人たちにとって、この10年は間違いなく長い時間だったのだと思う。

一方、大切な人を亡くした人たちの傷は癒えることがない。

今も被災した場所に立つことができない人もいる。

震災当時

ほとんど睡眠を取ることなく各地を取材する中で、

目の前の光景が本当に現実なのか分からなくなることが何度もあった。

1日1日、生きることに精一杯で

5年先、10年先を思い描くことが出来なかった。

心が悲鳴を上げることが幾度もあった。

それでも数えきれない人たちと出会い、話を聞かせてもらう中で

復旧し復興を目指す福島で自分に出来ることは何だろうと考え続けてきた。

そしてたどり着いた1つの答えは

「自然災害で大切な人を失う人たちを減らすこと」

先月、県内で震度6強を観測した地震の時

真っ先にスタジオに入り情報を伝えた。

テレビ各局には地震が起きた時に呼びかける「緊急コメント」があるのだが、

私は、その決められたコメントではなく

これまでに出会った福島の人たちを思い描いて言葉を発するようにしている。

この地震は東日本大震災の余震とみられるという。

震災も原発事故も、終わってはいない。

受け止めきれない悲しみや苦しみも

目に見えない放射線に不安を感じたことも

全てが今につながっている。

くじけそうになるたびに、負けるなと自分に言い聞かせる。

苦しくても一歩踏み出そう。

次の10年は、少しでも笑える日を増やすために。

また明日、大切な人と会うために。

安藤桂子のアン・ドゥ・トロワ|アナウンサーブログ

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