笠置 わか菜

懐かしの田園都市線

苦手な渋谷から田園都市線で一駅。
池尻大橋で週末、イタリアンを食べた。
食事もおいしく店の人も温かく、一駅離れるだけで、
こんなにも穏やかでこんなにもハートフルな街があったんだと
新たな発見だった。

 

実は田園都市線にはちょっと馴染みがある。

今からもう20年以上も前の話だけれど
同じ沿線の駒沢公園に父の転勤で2年ほど住んでいた。

 

「あの頃はいい時代だったわ~」と、今でも母は言う。

 

小学生になるかならないかのかわいい娘(その頃はね・笑)と
当時はまだ病魔の影すらなかった今は亡き父と。
住んでいたアパートはお世辞にもきれいとはいえない
古い社宅だったけれど
母にとれば輝いていた時代だったのかもしれない。

 

どうやら最近オシャレスポットであるらしい隣の三軒茶屋は
当時、人情味あふれる地元の商店街という感じのなりで
母の自転車の後ろに乗せられて買い物に出かけていた。
休みの日には駒沢公園を家族で散歩したりした。
手を引かれ、電車に乗って渋谷まで行った記憶もある。

ういえば路線の名前も
田園都市線という素朴感を演出したような名前でなく
シンプルに新玉川線と呼ばれていた。

 

 

満たされたお腹と心を抱えて、帰り道、色々なことを思い出した。

 

時の流れは残酷なのか、優しいのか。

そんなのは愚問だよとばかりに、時間は一律の速度で淡々と流れていて
久しぶりに乗った懐かしの電車も
あの頃と変わらず心地よい振動を伴って乗客を運んでいた。

僕も24年前に田園都市線「溝の口」の近くの会社に研修で9ヶ月間、行ってました。JR南武線と交差してお隣の「武蔵溝ノ口」とともに利用しておりました。

その駅周辺も、今は見違える程に変わりました。

当時は古いなりに風情があった駅前ですが、今や近代的な様相に変わりました。

でも路地を入ると昔のままの焼き鳥屋が残っていて、嬉しい気持ちになりました。

おじさんさん2010年04月28日 13:37

田園都市線の青葉台駅から、毎日満員電車で職場まで通っています。高校卒業まで、生まれも育ちも福島県です。笠置さんの文章は上手なため、いつも引き込まれ、読まされます。私も、この春小学校に入学した子供がいます。そこはかとない幸せを、ふと感じます。今がいい時期なのかもしれませんね。感謝です。??

ふくしまんさん2010年04月23日 22:20

わか菜さんは、田園都市線沿線の住人だったのですね。私はずっとつくし野(金妻で一時話題になりました)にいますが、渋谷までは今は急行で30分強と近くなりました。電車の中ですれちがっていたかもしれませんね。たまには、お越しくださいませ。三軒茶屋もキャロットタウンができて様変わりしました。駒沢大学でしたら、青山や表参道にもすぐですね。

Steveさん2010年04月20日 12:48

電車の一定の振動・風景・音楽・色・におい・汗くさい(笑)などは昔を思い出しますね!

わか菜さんオイラも親父はいませんのでお互い無理しない程度にがんばりましょう!

鼻たれ松ちゃんさん2010年04月19日 23:14

コメントを投稿

コメントはホームページ管理担当者の確認後に掲載されます。承認されるまでしばらくお待ちください。
トラックバックURL
http://www.kfb.co.jp/mt/mt-tb.cgi/4119

2010年04月 »

        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

最新のコメント

トップへ